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Placebo1

 1991年から毎日描くこと原則に現在も描き進められているこのライフスクロールは、ペンによる細密素描の絵巻物であるが、現在は17mほどの長さに達している。ここでは30代後半から現在に至る作者、地場賢太郎の表現の漸進的な変化そのものを目撃することが出来る。

遠くからの匿名的な視覚 :
 このライフスクロールが言語的な束縛や、狭義の意味付けに閉じ込められないように、自動手記的な方法や、また相矛盾し合う西洋の透視法、水面を使った鏡像表現と東洋的な逆遠近法、等角投影法、鳥瞰図法の双方を意図的に導入させている。当初から地場は遠距離からの視覚に興味を持ち続けているが、その匿名的な眼差し、不在者の視覚としての象徴性に惹かれているのであろう。つまり観察者の気配が消えてしまう遠距離からの望遠的な眼差しは匿名的な純化された視覚と捉えることが出来るのではないだろうか。
  25年以上に亘る日々のドローイングの積み重ねはこの絵巻を個人的な表現というよりも、むしろニュートラルのものにしている。ライフスクロールは作家自身にとって日々の移ろい易い、儚い無数の自分自身の断片から成り立っていると考えており、それは意識の流れをそのまま具現化していると捉えることも可能であろう。地場にとって絵巻とは無意識の下層部、(サンスクリットではアーラヤ識)を映し込むことが出来る表現形式である。つまりその下層部では自他の区別が無くなり、言語的な意味分節も消えてしまう。

コマ撮りアニメーションについて:
 この絵巻の制作の進捗状況はフォトコピー(1991-2004)とスキャニングで日々記録されている。地場の最初のアニメーションは1998年に1991年〜1998年のドローイングのコピーを元にイギリス留学時に完成した。1999年第一回リバプールビエンナレーレで展示されたこのアニメーションの前半は7年間に及ぶ日々のドローイングの進行が5分間に凝縮される。描かれ部分は次第に右方向にに現れ、そして後半は逆回しになり、描かれた部分は反対方向へ消えて行き巻物は少しずつ短くなり最後には消えてしまう。2011年から地場は元コピーをデジタル化した新しいアニメーションの再編集を始めた。

連歌 :
 地場の巻物は最近5年間続けている連歌活動との間にアナロジー的類似を見出すことが出来るであろう。連歌はグループの中で一人ずつ順番に作り、送られる日本独自の共同制作の詩歌の形式である。よく知られている歌仙という形式では36句を1セットにしているが、地場の所属する4名から成るグループでは1セット72句を目標に、郵便で回すということもあり完成に一年以上の時間がかかっている。しかし最後に顕れる長い和歌は誰にも予想出来ないものであり、各個人の合作であると同時に背後から浮かび上がってくるある種の無名性は、個人や、時間、空間また言語的な制約を超えてしまう匿名的なものの可能性を示唆している。

Placebo1


#32 in actual size /3.4MG


#33 in actual size /3.4MG